近況報告
最近の近況報告です。
表向き、仕事は順調です。
電気設備関係の会社ですので、上期は復旧工事関連でかなりの忙しさでした。
今は落ち着いてきましたが、まだまだ仕事はありそうです。
人間関係について改善の兆しは見られません…。
相変わらず、土日はボラセン通ってます。
規模を縮小するボランティアセンターが多い中、うちのボラセンは変わらず県外ボランティアを受け入れしてます。
あ、一応電話予約制。
3月や4月頃にいたメンバーで今もいる人は数少なくて。仕事や家庭がありますからね…。
県外から来て、ずっと滞在してボラしてくれてた人も、夏の終わり頃から次々と自分の生活に帰っていきました。
寂しいって言うわけいかないけれど、やっぱり別れは悲しいです。
また会おうね、って言っても、きっと一生会うことないんです。
どうしてもっと早く仲良くならなかったんだろうっていつも思います。
誰かと打ち解けるのに時間かかる自分がもどかしいです。
一期一会。
本当にその通り。
1日だけのボラでも、感謝の気持ちに変わりありません。
でも長くいる人ほど、情が移っちゃうんですよね…。
ボラセンで私は何をしてるかというと。
3〜4月は、届いた支援物資、特に衣類を仕分けしていました。
ボラって炊き出しとか瓦礫撤去とか、そんなこと想像しますよね。
そういうのが多く報道されますし。
けど仕分け作業は完全に裏方。
やれどもやれども終わりが見えず。
古着も多く送られてきましたが、欲しがられるのは新品だったのでそれを最優先に仕分ける日々。
「ボラ=被災者と会う」
ってイメージありますが、仕分けの仕事中は数える程しか会った事ありません…。
(あ、でも津波で死にかけたって人はボラや職員にいたなー)
私は土日だけでしたが、毎日の人は大変な苦労だったでしょうね。
物資置き場に積み重なった箱を見て、
「なんでこんなに物資が届いているのに皆に配らないんだ」
って言う人が何人もいました。
「なら貴方が全て仕分けして全町民に不満無いように配ってよ」…何度この言葉を飲み込んだことか。
とにかくあの頃は人手…特に継続的に来てくれる人が必要でした。
4〜7月頃はフリマみたいに支援物資を並べて配布して。…これもまた苦労話の連続で。
夏からは運営の手伝いしてます。
主に掃除や洗濯など、ボラのバックアップ。
私ができる事は少ないけど、今は楽しいから行ってるんです。
良い人ぶってるって思われたくないんで、ボラしてることは職場の人にはあまり言ってません。
やなこともあるけど、トータルすると楽しいから。
やっぱり自分の町だから。
ただそれだけです。
自分の住む町じゃないのにボラ来てくれる人たちを尊敬してます。
そういう人たちに会えるからっていうのも、行く理由の一つでしょうね。
表向き、仕事は順調です。
電気設備関係の会社ですので、上期は復旧工事関連でかなりの忙しさでした。
今は落ち着いてきましたが、まだまだ仕事はありそうです。
人間関係について改善の兆しは見られません…。
相変わらず、土日はボラセン通ってます。
規模を縮小するボランティアセンターが多い中、うちのボラセンは変わらず県外ボランティアを受け入れしてます。
あ、一応電話予約制。
3月や4月頃にいたメンバーで今もいる人は数少なくて。仕事や家庭がありますからね…。
県外から来て、ずっと滞在してボラしてくれてた人も、夏の終わり頃から次々と自分の生活に帰っていきました。
寂しいって言うわけいかないけれど、やっぱり別れは悲しいです。
また会おうね、って言っても、きっと一生会うことないんです。
どうしてもっと早く仲良くならなかったんだろうっていつも思います。
誰かと打ち解けるのに時間かかる自分がもどかしいです。
一期一会。
本当にその通り。
1日だけのボラでも、感謝の気持ちに変わりありません。
でも長くいる人ほど、情が移っちゃうんですよね…。
ボラセンで私は何をしてるかというと。
3〜4月は、届いた支援物資、特に衣類を仕分けしていました。
ボラって炊き出しとか瓦礫撤去とか、そんなこと想像しますよね。
そういうのが多く報道されますし。
けど仕分け作業は完全に裏方。
やれどもやれども終わりが見えず。
古着も多く送られてきましたが、欲しがられるのは新品だったのでそれを最優先に仕分ける日々。
「ボラ=被災者と会う」
ってイメージありますが、仕分けの仕事中は数える程しか会った事ありません…。
(あ、でも津波で死にかけたって人はボラや職員にいたなー)
私は土日だけでしたが、毎日の人は大変な苦労だったでしょうね。
物資置き場に積み重なった箱を見て、
「なんでこんなに物資が届いているのに皆に配らないんだ」
って言う人が何人もいました。
「なら貴方が全て仕分けして全町民に不満無いように配ってよ」…何度この言葉を飲み込んだことか。
とにかくあの頃は人手…特に継続的に来てくれる人が必要でした。
4〜7月頃はフリマみたいに支援物資を並べて配布して。…これもまた苦労話の連続で。
夏からは運営の手伝いしてます。
主に掃除や洗濯など、ボラのバックアップ。
私ができる事は少ないけど、今は楽しいから行ってるんです。
良い人ぶってるって思われたくないんで、ボラしてることは職場の人にはあまり言ってません。
やなこともあるけど、トータルすると楽しいから。
やっぱり自分の町だから。
ただそれだけです。
自分の住む町じゃないのにボラ来てくれる人たちを尊敬してます。
そういう人たちに会えるからっていうのも、行く理由の一つでしょうね。
生まれてない故郷
私には故郷がない。
小さい頃から、この思いは心の根底にあって、この歳まで育ってきた。
自分を育てた場所や環境こそが故郷なのだ、と頭で知っていても、どこかしらで疎外感を感じていた。
この土地で生まれたわけでは無いのに、と。
自分が生まれ育った家が、父親、または母親の生まれ育った家だ、という人が羨ましかった。
「親が小さい頃の建物と今の建物は違うんだよ」と言われても、やはり羨ましい。
そんな友人たちを前にすると、「この土地が私の故郷だ」と言うのがはばかられた。
父も母も親戚も誰も縁もゆかりも無い土地で、
なまじ田舎なものだから私たちはよそ者で、
誰もそれを理由にいじめたりはしなかったけれど、
「先祖代々この土地の人間」っていう誇りはみんな持ってたから、
それが私は羨ましくてしかたなかった。
8才になってすぐ、今の土地に来た。
もう17年も前の話。
そしてちょうど17年経つ頃、あれが起きた。
一晩かけて帰りついた町は、見るも無残だった。
津波防災マップで色づけされた範囲など平気で追い越して、波は町を襲った。
ご遺体に出会うことなく帰れたのが、今でも不思議なくらいだ。
どうやら、我が家は大変な幸運の持ち主らしい。
一番の幸運は、家族全員無事だったこと。
二番目の幸運は、波が家までぎりぎり届かなかったこと。
三番目の幸運は、職場が営業できる程度には無事だったこと。
そして四番目の幸運は、親類縁者が東日本にいないこと。
私の恋人でさえ東京在住だ。しかも地震直後、彼の努力のおかげですぐに連絡がとれた。
だから、心配しなきゃいけない相手が極端に少ない。
だから、海の近くに住む友人が逃げたであろう避難所へすぐに駆けつけることができた。
避難所名簿の中に、友人が書いた文字を見つけたあの時の感動を忘れない。
よかった。あのとき、コートを渡せて。靴下やカーディガンを渡せて。
今になって、あのときあれもあげれば、これもあげれば、と、いろいろ思うけれど。
その後も、他の友人を探しに町内中の避難所を回った。
どこの避難所でも、私はじろじろ見られた。そして嫌そうな顔をして目をそらされた。
「警戒されてるんだな」と思った。
家が無事だった分、居心地が悪かった。……ああ、そうか、今気づいた。
あの人たちは、家族や知人ではないか確かめたくて、私を見つめてたのか。
あれから半年たった。
私の町には、たくさんの人が集まってくれた。
遠い、遠い土地の人たち。
それこそ、縁もゆかりも無いような人たち。
なぜこの町を選んだんですか?
そう聞くと、
「ここしか受け入れしてくれるボランティアセンターがなかったから」
と、ほとんどの人が言う。
この町は小さすぎて、県内ですら知名度が低い。
どこから来たんですか?
ボランティアに来た人からも、被災者からもよくきかれる。
「地元ですよ」
なんだかちょっと、誇らしくなる。
もちろん、遠くから来てくれた人たちだって、それを誇って良いと思う。
いろいろな人たちが集まっては去り、また集まり。
そんな繰り返しの中、失敗はあるけれど、歩みは遅いけれど、少しずつ町は癒されていく。
代々この町で生まれ育ってきた人たちが、この町を去らざるを得ない現実がある。
私はそれを見たくない。
戻ってきてほしいと思う。
私のルーツは別の土地にある。
でも最近は、それをあまり気にしなくなった。
むしろ親類縁者がいないおかげで、すぐ行動できた。不思議な巡り会わせだ。
ボランティアセンターに通い始めた一番の理由は、しごく簡単。
早く町が元に戻ってくれないと、自分が困るからだ。
こんな故郷の姿、いつまでも目にしていられない。
いつの間にか、故郷と呼べるようになっている。
できればいつまでもここにいたいけれど、そうも言っていられない。
だから、今のうちだけでも精一杯のことはやりたいんだ。
この土地で生まれたとか生まれてないとか言っていられない。
稲穂が風にそよぐ姿が好きだ。初夏の緑色から秋の黄金色に変わる様も好きだ。
坂道だらけの道を自転車で汗かきながら進むのが好きだ。
大きなコンテナ船が水平線を横切ったり、小さな漁船が波間に留まりながら揺れていたり、
そんな様子を浜辺の堤防に座って眺めるのが好きだ。
ガードレールに網が干してあるのを見るのが好きだ。
青い空を映して群青に映える海が好きだ。
もう一度、あの景色を見たい。
素直な気持ちで、海を美しいと思いたい。
これほどこの町を好きだと言えるなら、もう故郷と呼んでもいいだろう?
小さい頃から、この思いは心の根底にあって、この歳まで育ってきた。
自分を育てた場所や環境こそが故郷なのだ、と頭で知っていても、どこかしらで疎外感を感じていた。
この土地で生まれたわけでは無いのに、と。
自分が生まれ育った家が、父親、または母親の生まれ育った家だ、という人が羨ましかった。
「親が小さい頃の建物と今の建物は違うんだよ」と言われても、やはり羨ましい。
そんな友人たちを前にすると、「この土地が私の故郷だ」と言うのがはばかられた。
父も母も親戚も誰も縁もゆかりも無い土地で、
なまじ田舎なものだから私たちはよそ者で、
誰もそれを理由にいじめたりはしなかったけれど、
「先祖代々この土地の人間」っていう誇りはみんな持ってたから、
それが私は羨ましくてしかたなかった。
8才になってすぐ、今の土地に来た。
もう17年も前の話。
そしてちょうど17年経つ頃、あれが起きた。
一晩かけて帰りついた町は、見るも無残だった。
津波防災マップで色づけされた範囲など平気で追い越して、波は町を襲った。
ご遺体に出会うことなく帰れたのが、今でも不思議なくらいだ。
どうやら、我が家は大変な幸運の持ち主らしい。
一番の幸運は、家族全員無事だったこと。
二番目の幸運は、波が家までぎりぎり届かなかったこと。
三番目の幸運は、職場が営業できる程度には無事だったこと。
そして四番目の幸運は、親類縁者が東日本にいないこと。
私の恋人でさえ東京在住だ。しかも地震直後、彼の努力のおかげですぐに連絡がとれた。
だから、心配しなきゃいけない相手が極端に少ない。
だから、海の近くに住む友人が逃げたであろう避難所へすぐに駆けつけることができた。
避難所名簿の中に、友人が書いた文字を見つけたあの時の感動を忘れない。
よかった。あのとき、コートを渡せて。靴下やカーディガンを渡せて。
今になって、あのときあれもあげれば、これもあげれば、と、いろいろ思うけれど。
その後も、他の友人を探しに町内中の避難所を回った。
どこの避難所でも、私はじろじろ見られた。そして嫌そうな顔をして目をそらされた。
「警戒されてるんだな」と思った。
家が無事だった分、居心地が悪かった。……ああ、そうか、今気づいた。
あの人たちは、家族や知人ではないか確かめたくて、私を見つめてたのか。
あれから半年たった。
私の町には、たくさんの人が集まってくれた。
遠い、遠い土地の人たち。
それこそ、縁もゆかりも無いような人たち。
なぜこの町を選んだんですか?
そう聞くと、
「ここしか受け入れしてくれるボランティアセンターがなかったから」
と、ほとんどの人が言う。
この町は小さすぎて、県内ですら知名度が低い。
どこから来たんですか?
ボランティアに来た人からも、被災者からもよくきかれる。
「地元ですよ」
なんだかちょっと、誇らしくなる。
もちろん、遠くから来てくれた人たちだって、それを誇って良いと思う。
いろいろな人たちが集まっては去り、また集まり。
そんな繰り返しの中、失敗はあるけれど、歩みは遅いけれど、少しずつ町は癒されていく。
代々この町で生まれ育ってきた人たちが、この町を去らざるを得ない現実がある。
私はそれを見たくない。
戻ってきてほしいと思う。
私のルーツは別の土地にある。
でも最近は、それをあまり気にしなくなった。
むしろ親類縁者がいないおかげで、すぐ行動できた。不思議な巡り会わせだ。
ボランティアセンターに通い始めた一番の理由は、しごく簡単。
早く町が元に戻ってくれないと、自分が困るからだ。
こんな故郷の姿、いつまでも目にしていられない。
いつの間にか、故郷と呼べるようになっている。
できればいつまでもここにいたいけれど、そうも言っていられない。
だから、今のうちだけでも精一杯のことはやりたいんだ。
この土地で生まれたとか生まれてないとか言っていられない。
稲穂が風にそよぐ姿が好きだ。初夏の緑色から秋の黄金色に変わる様も好きだ。
坂道だらけの道を自転車で汗かきながら進むのが好きだ。
大きなコンテナ船が水平線を横切ったり、小さな漁船が波間に留まりながら揺れていたり、
そんな様子を浜辺の堤防に座って眺めるのが好きだ。
ガードレールに網が干してあるのを見るのが好きだ。
青い空を映して群青に映える海が好きだ。
もう一度、あの景色を見たい。
素直な気持ちで、海を美しいと思いたい。
これほどこの町を好きだと言えるなら、もう故郷と呼んでもいいだろう?
生きてます
色々忙しくてちゃんとこのブログにのせてませんでした。
生きてます。
宮城県の沿岸部にある小さな町に住んでますが、幸運にも命をいただいてます。
体も無事です。
怪我なんて、地震が来たときに倒れ込んでできた擦り傷くらい。
風邪もひいてません。
家族も家も無事です。
職場も無事です。
ただ、町が酷い有り様です。
好きだった景色も、好きだと気づかなかった景色も、もう無いという現実を目の前に突きつけられることはとても辛いです。
水やガスや固定電話はまだ通じないけれど、電気はきたから楽になりました。
家も服もあるし食べ物もなんとかなってます。
たくさんの人と励まし励まされながら頑張ってます。
まだまだ余力があるのだから、誰かの力になれるように土日はボランティアに参加してしてます。
大丈夫。
頑張ります。
生きてます。
宮城県の沿岸部にある小さな町に住んでますが、幸運にも命をいただいてます。
体も無事です。
怪我なんて、地震が来たときに倒れ込んでできた擦り傷くらい。
風邪もひいてません。
家族も家も無事です。
職場も無事です。
ただ、町が酷い有り様です。
好きだった景色も、好きだと気づかなかった景色も、もう無いという現実を目の前に突きつけられることはとても辛いです。
水やガスや固定電話はまだ通じないけれど、電気はきたから楽になりました。
家も服もあるし食べ物もなんとかなってます。
たくさんの人と励まし励まされながら頑張ってます。
まだまだ余力があるのだから、誰かの力になれるように土日はボランティアに参加してしてます。
大丈夫。
頑張ります。
歴史を巡る旅 vol.9 in金沢 2日目後半
だいぶ日にちが経ってしまいましたが、続きです!
2/6(金)
近年まれに見る大雪のおかげで、金沢城公園は真っ白でした!
この日はいい天気だったため、雪が反射して目が開けづらい場所もあったくらいです。
本丸跡より↓

金沢城は古い石垣から新しい石垣まで、様々な時代の石垣が残っている珍しい史跡とのこと。
他の場所ではなかなかお目にかかれない野面(のづら)積みが見れてうれしかったです。
といっても、まだ石垣について勉強し始めたばかりですから全てが楽しいんですけどね。
野面積みは、自然の形の石を積み上げる方法です。
古い積み方です。
この金沢城には天守閣はありません。
(天守閣……日本のお城と聞いて真っ先に想像する、シャチホコがついてるあの建物。
バカ殿が城下を見下ろしているあの場所(!))
金沢城を造った頃はあったらしいのですが、落雷で燃えてしまったそうです。
それが1602年の出来事で、その後も作らなかったそうです。
でも現存している建築物で、石川門があります。
ただの門じゃないですよ。
門をぐるっと囲むように櫓があるのです。
ここに有事の際は武士が詰めて、侵入者を上から弓や鉄砲で打って食い止めるのですね。

「ひーっ 退却退却ーーーーっっっ!」
スカートひるがえるくらい、テンション上げ上げです。(さとるちゃん、撮影ありがとー!!)
さて今回、この石川門を取り囲む櫓に入ることができました。
立ち入り禁止の看板の隣に「内部公開中」の看板。まぎらわしい……。
ちょうどこの写真の反対側に当たる部分から入れたのですよ。
入ってすぐに、金沢城に使われている瓦や木材が展示されてました。
といっても、なんか無造作に置かれているようにも見えましたが……。
「こんなのが使われてるんだー」
と興味深々に見てたら、とっても上品そうなおばさまが声をかけてきました。
係りの方みたいですね。
本当に金沢城を愛してるんだなーってことが伝わるくらい、とても熱心に説明していただきました。
「金沢城の瓦は、焼いた瓦じゃなくて木材に鉛の板を貼り付けてるから、とても軽い」とか、
「戦があったときの鉄砲玉にする為に鉛にしたから、他の城と違って金沢城は白っぽい屋根だ」とか、
「石垣の作り方は一子相伝が普通で書物には残っていないけれど、金沢でだけは書物に残っていて、研究者たちはそれを参考にする」とか、
「金沢は雷がとても多い土地だから、当時一番高い建物だった天守閣に落ちて燃えた」とか、
「前田家はもともと豊臣家の家臣だったから、徳川の時代になってからは世渡りの為にいろんな気配りをしていて、天守閣を再建しなかったのもその一つ」とか、
「城を建てた当初はどんな形をしていたかは、江戸時代に火事で資料が全部焼けちゃって、それ以後のことしかわからない」とか、
「大事な門には火事にならないように水の象徴である亀にあやかり、六角形の石(亀の甲羅は六角形だから)を使っている」とか、
「古い石垣に残っている卍や田のマークは、石垣作りで誰がどの程度の働きをしたのかを示す証拠として入れられた」とか。
質問したことに対してはわかりやすく、そして興味深い答えを教えてくれて、とても楽しい時間でした。
中でも一番面白かったのは「菱櫓」でしょうか。
石川門を囲む櫓も「菱櫓」という名前がついています。
なんと、使っている柱の角が直角じゃないんです。微妙に狭い角と広い角があるんですよ。
よく見ると平行四辺形!
階段の板も良く見ると平行四辺形!
天井板と梁も、直角に交差してません!ちょっと斜めってる!
そして窓に埋め込まれてる格子の角も90度じゃない!
なんでこんな方法で建てたのか、決定的な理由はわからないそうです。
ただ、その方が見た目に大きく見えるとか、格子が斜めの方が弓を射りやすいとか、
そんな説はあるそうです。
おもしろーい。
大変有意義な時間を過ごしました。感謝感謝です。
それから歩いて、ひがし茶屋街へ向かいました。
金沢は、徒歩圏内にいろんな見所が詰まってていいですねー。
のぼりにつられて「しょうゆソフト」食べちゃいました。
ほのかな醤油の香り。ちょっとしょっぱい。でも甘いソフトクリームです。
みたらし団子っぽい感じです。
金沢の老舗醤油味噌の蔵から出ているスイーツみたいですね。
おいしかったです。
寒空の下、ソフトクリームをつついて歩く女二人。

ひがし茶屋街は、とても美しい、しっとりとした街並でした。
狭い路地と、石畳と、格子戸。
派手な色合いはなく、でも厳格すぎるわけでもなく、淡い色合いで、暖かい印象を受けます。
町並みを保全してきた方々に拍手。
この後、金沢駅へ徒歩で向かい、帰途につきました。
特急の中で、二人ともぐっすりですよ。
満喫しました。
ほんっっっっっと、満喫しました。
幸せです……!
2/6(金)
近年まれに見る大雪のおかげで、金沢城公園は真っ白でした!
この日はいい天気だったため、雪が反射して目が開けづらい場所もあったくらいです。
本丸跡より↓

金沢城は古い石垣から新しい石垣まで、様々な時代の石垣が残っている珍しい史跡とのこと。
他の場所ではなかなかお目にかかれない野面(のづら)積みが見れてうれしかったです。
といっても、まだ石垣について勉強し始めたばかりですから全てが楽しいんですけどね。
野面積みは、自然の形の石を積み上げる方法です。
古い積み方です。
この金沢城には天守閣はありません。
(天守閣……日本のお城と聞いて真っ先に想像する、シャチホコがついてるあの建物。
バカ殿が城下を見下ろしているあの場所(!))
金沢城を造った頃はあったらしいのですが、落雷で燃えてしまったそうです。
それが1602年の出来事で、その後も作らなかったそうです。
でも現存している建築物で、石川門があります。
ただの門じゃないですよ。
門をぐるっと囲むように櫓があるのです。
ここに有事の際は武士が詰めて、侵入者を上から弓や鉄砲で打って食い止めるのですね。

スカートひるがえるくらい、テンション上げ上げです。(さとるちゃん、撮影ありがとー!!)
さて今回、この石川門を取り囲む櫓に入ることができました。
立ち入り禁止の看板の隣に「内部公開中」の看板。まぎらわしい……。
ちょうどこの写真の反対側に当たる部分から入れたのですよ。
入ってすぐに、金沢城に使われている瓦や木材が展示されてました。
といっても、なんか無造作に置かれているようにも見えましたが……。
「こんなのが使われてるんだー」
と興味深々に見てたら、とっても上品そうなおばさまが声をかけてきました。
係りの方みたいですね。
本当に金沢城を愛してるんだなーってことが伝わるくらい、とても熱心に説明していただきました。
「金沢城の瓦は、焼いた瓦じゃなくて木材に鉛の板を貼り付けてるから、とても軽い」とか、
「戦があったときの鉄砲玉にする為に鉛にしたから、他の城と違って金沢城は白っぽい屋根だ」とか、
「石垣の作り方は一子相伝が普通で書物には残っていないけれど、金沢でだけは書物に残っていて、研究者たちはそれを参考にする」とか、
「金沢は雷がとても多い土地だから、当時一番高い建物だった天守閣に落ちて燃えた」とか、
「前田家はもともと豊臣家の家臣だったから、徳川の時代になってからは世渡りの為にいろんな気配りをしていて、天守閣を再建しなかったのもその一つ」とか、
「城を建てた当初はどんな形をしていたかは、江戸時代に火事で資料が全部焼けちゃって、それ以後のことしかわからない」とか、
「大事な門には火事にならないように水の象徴である亀にあやかり、六角形の石(亀の甲羅は六角形だから)を使っている」とか、
「古い石垣に残っている卍や田のマークは、石垣作りで誰がどの程度の働きをしたのかを示す証拠として入れられた」とか。
質問したことに対してはわかりやすく、そして興味深い答えを教えてくれて、とても楽しい時間でした。
中でも一番面白かったのは「菱櫓」でしょうか。
石川門を囲む櫓も「菱櫓」という名前がついています。
なんと、使っている柱の角が直角じゃないんです。微妙に狭い角と広い角があるんですよ。
よく見ると平行四辺形!
階段の板も良く見ると平行四辺形!
天井板と梁も、直角に交差してません!ちょっと斜めってる!
そして窓に埋め込まれてる格子の角も90度じゃない!
なんでこんな方法で建てたのか、決定的な理由はわからないそうです。
ただ、その方が見た目に大きく見えるとか、格子が斜めの方が弓を射りやすいとか、
そんな説はあるそうです。
おもしろーい。
大変有意義な時間を過ごしました。感謝感謝です。
それから歩いて、ひがし茶屋街へ向かいました。
金沢は、徒歩圏内にいろんな見所が詰まってていいですねー。
のぼりにつられて「しょうゆソフト」食べちゃいました。
ほのかな醤油の香り。ちょっとしょっぱい。でも甘いソフトクリームです。
みたらし団子っぽい感じです。
金沢の老舗醤油味噌の蔵から出ているスイーツみたいですね。
おいしかったです。
寒空の下、ソフトクリームをつついて歩く女二人。

ひがし茶屋街は、とても美しい、しっとりとした街並でした。
狭い路地と、石畳と、格子戸。
派手な色合いはなく、でも厳格すぎるわけでもなく、淡い色合いで、暖かい印象を受けます。
町並みを保全してきた方々に拍手。
この後、金沢駅へ徒歩で向かい、帰途につきました。
特急の中で、二人ともぐっすりですよ。
満喫しました。
ほんっっっっっと、満喫しました。
幸せです……!
歴史を巡る旅 vol.9 in金沢 2日目前半
さて二日目!
2/6(日)
片町のホテルを出発し、10分位の位置にあった、武家屋敷跡周辺を歩いてきました。

このあたりの壁は冬支度。
「こもがけ」というらしいです。
初めて見ました。
狭い路地や用水路、塀の向こうから覗く一般民家の庭の木々までが、なんだか時代劇の中にいるような気になっちゃうようなたたずまい。
↓白黒で撮影したい気分でした(笑)

「きっと有事の際にはここから全速力で走って城に駆けつけるんだよ!」とか妄想したり、
辻斬りの真似して塀の影に隠れた写真を撮ろうとしてみたり。
やあ、いくつになっても妄想はできるもんですな。

その後、尾山神社へ。
ここは金沢城に隣接している神社です。
お寺みたいに山門があるんですよ。
しかも和風というより中国風?しかも色ガラスつきっていう、神社としては初めて見る珍しい門がありました。
鳥居の下で合掌~。
神社には前田利家公の騎馬像や兜の復元があったり。
そしてメインイベント!
金沢城公園です!!
その敷地のなんと広いこと広いこと!
書くことたっぷりありすぎて、ちょっとやそっとじゃ今夜中に書ききれません!
二日目後半に、続く!!
2/6(日)
片町のホテルを出発し、10分位の位置にあった、武家屋敷跡周辺を歩いてきました。

このあたりの壁は冬支度。
「こもがけ」というらしいです。
初めて見ました。
狭い路地や用水路、塀の向こうから覗く一般民家の庭の木々までが、なんだか時代劇の中にいるような気になっちゃうようなたたずまい。

「きっと有事の際にはここから全速力で走って城に駆けつけるんだよ!」とか妄想したり、
辻斬りの真似して塀の影に隠れた写真を撮ろうとしてみたり。
やあ、いくつになっても妄想はできるもんですな。

その後、尾山神社へ。
ここは金沢城に隣接している神社です。
お寺みたいに山門があるんですよ。
しかも和風というより中国風?しかも色ガラスつきっていう、神社としては初めて見る珍しい門がありました。
鳥居の下で合掌~。
神社には前田利家公の騎馬像や兜の復元があったり。
そしてメインイベント!
金沢城公園です!!
その敷地のなんと広いこと広いこと!
書くことたっぷりありすぎて、ちょっとやそっとじゃ今夜中に書ききれません!
二日目後半に、続く!!
歴史を巡る旅 vol.9 in金沢 前日~1日目
どうも。小鉢です。
大変お久しぶりの更新になってしまいました。
先日、金沢旅行へ行ってきました。
久しぶりの「歴史を巡る旅」です。
なんと、前回の信州旅行から2年3ヶ月ぶりなんですね!!
社会人になると時間の流れが速いなぁ。
2/4(金)
仕事終了後、急いで帰宅し旅支度を整え、自宅を出発しました。
目指すは宇都宮。
まずは、歴史巡り仲間の悟ちゃんが住まう地へ!
この日は悟ちゃん宅に泊めてもらいました。
二人でコンビニで買った白菜の浅漬けと缶チューハイを飲みながら金曜ロードショーに茶々入れつつ、最近の出来事なんかをだらだら話してたらあっという間に真夜中。
早く寝なきゃ、明日は5時起きですよ!
2/5(金)
宇都宮駅を6時14分発の電車に乗らなくてはいけません。
そこから大宮駅まで宇都宮線(鈍行)で1時間半ゆられます。
始発のバスで6時ちょい前に駅へ到着したはいいのですが、ここから1時間半もの間、朝食をがまんするのは大変きつい……。
宇都宮線の中で駅弁食べるのもなぁ、ということから6時オープンの吉野家に駆け込みました。
黙々と牛丼をかき込む妙齢の女性2人。
でも気づいたら6時13分。
うぁ、確実に間に合わなくね?!
あきらめて次の電車に乗りました。
先の先の駅にて、急いでホームを移動すればなんとか間にあうのでそれに賭けます……!
7時51分大宮に着き、上越新幹線に乗り換え、越後湯沢へ。
指定席も自由席も満席だったので、デッキで立ちっぱなし。
9時04分越後湯沢駅着。デッキにいたので新幹線を降りて初めて気づきました。一面銀世界!
9時14分ほくほく線特急はくたか号で出発。
新幹線ホームと特急ホームが離れているので急いで移動。
車窓から見える景色が、真っ白です。さすが雪国。
私の住む街も雪は積もりますが、これほど清々しく真っ白にはなりません。
2時間半電車に揺られ、新潟、富山を通過して石川入り。
金沢駅には12時に着きました。
金沢に着いたからには海の幸!!
ということでまず近江町市場へ!
金沢駅着いたら一直線に歩けば15分くらいで着きました。
ああ、なんと美味しかったことか……!

海老が甘いんです。ご飯がおいしいんです。魚の身が引き締まってるんです!
海の幸大好き!!
一番安いランクの海鮮丼だったけど、「んまい」を連発しながら堪能しました。
そりゃお隣さんが食べてた上のランクの海鮮丼が気にならないこともなかったけれども……!!
近江町市場の賑わいはいいですねー。
活気にあふれてて。
呼び込みのお兄さんにつられて海苔の佃煮買っちゃったり、海老のコロッケ食べたりしました。
さて腹ごしらえが終わったら。
片町に宿を取っていたのでホテルにチェックインし、荷物を置いて再出発。
まず石川四高記念館へ。

赤レンガのモダン建築で、見た目が素敵な建物です。
ちゃんと写真を撮らなかったのでWeb上ので失礼。
石川四高というのは現在の金沢大学の前身です。
ちなみに一高は現在の東京大学、二高は東北大、三高は京都大です。
いわゆる明治期に作られたナンバースクールの一つですね。
そもそも、どうして金沢に来たかという理由もここにあります。
金沢には以前から来たかったのですが、今回の旅立つあたって背中を押した、ある理由があるのですよ。
石川四高記念館の中には近代文学館というのがあります。
そしてここでは現在、波津彬子さんの原画展をやっているのです!
ああああ、うつくしー!!!
波津さん大好きです。
日本画のように繊細な輝きを放つカラーイラストを描く漫画家さんです。
この人の描く着物姿の人物がほんときれいなんですってば!
もちろんストーリーも巧妙で、コミカルなのもあればシリアスも有り、大変好みです!
さてさて、この石川四高を出た後は、金沢といえば! なあの名所……兼六園!
兼六園を見るぞ! ってことで移動しました。
徒歩10分の距離です。近いって素敵。
坂道をのぼり、高まる胸の鼓動。わくわく。
きっとこれは日ごろの運動不足のせいだけじゃない!
しかし。
ん?
門、閉まってんじゃね?
……10分前に閉門時間を回っていたらしいという、ね。
ああ、デジャヴ……前回の旅でもこんなことがあったような……
どうやら四高でのんびりしすぎたようです。
そういえば日も翳ってきていました。
しゅん、となりましたが、実はこの日、年に4回しかやらない兼六園ライトアップの日なのでした。
このライトアップの日を狙って行ったわけではありません。
旅の途中、張られていたポスターを見て知ったのです。
なんと運のいいことか!!!
(しかも入園料無料!)
そして、天候は安定し、前日までに降った積雪が残っている!
すばらしすぎる!
ライトアップの入園時間を待って、今度こそ、いざ兼六園!!!

素敵……!
足元にも灯篭が並べてあり、雪を照らします。
この日の天候は穏やかでしたが、雪かきをされた方の苦労が忍ばれます。
そしてこの大きな松の木の不均整なバランスと、
放射線を描く雪つりの幾何学的な美しさがあいまって、なんと幻想的なことか。
ライトアップされたことで池が水鏡になり、松が水面に映り込んでいる場所がありました。
まるで水底に向かって松が沈んでいるみたいに見えて。
ああ、来てよかったーーーーーーっっ!
見とれました。
足元が雪ですべりやすいのをついつい忘れて、たまにずるっとなった事もありましたけどね。
それくらいいろんな物に見惚れながら歩いてました。
見所いっぱい。
これがかつての殿様の庭だとは。
贅沢すぎますよ。
兼六園を満喫した後は、ホテル近くの居酒屋でしっぽり悟ちゃんと飲みました。
金沢にかんぱーい♪
二日目に続きまーす!
大変お久しぶりの更新になってしまいました。
先日、金沢旅行へ行ってきました。
久しぶりの「歴史を巡る旅」です。
なんと、前回の信州旅行から2年3ヶ月ぶりなんですね!!
社会人になると時間の流れが速いなぁ。
2/4(金)
仕事終了後、急いで帰宅し旅支度を整え、自宅を出発しました。
目指すは宇都宮。
まずは、歴史巡り仲間の悟ちゃんが住まう地へ!
この日は悟ちゃん宅に泊めてもらいました。
二人でコンビニで買った白菜の浅漬けと缶チューハイを飲みながら金曜ロードショーに茶々入れつつ、最近の出来事なんかをだらだら話してたらあっという間に真夜中。
早く寝なきゃ、明日は5時起きですよ!
2/5(金)
宇都宮駅を6時14分発の電車に乗らなくてはいけません。
そこから大宮駅まで宇都宮線(鈍行)で1時間半ゆられます。
始発のバスで6時ちょい前に駅へ到着したはいいのですが、ここから1時間半もの間、朝食をがまんするのは大変きつい……。
宇都宮線の中で駅弁食べるのもなぁ、ということから6時オープンの吉野家に駆け込みました。
黙々と牛丼をかき込む妙齢の女性2人。
でも気づいたら6時13分。
うぁ、確実に間に合わなくね?!
あきらめて次の電車に乗りました。
先の先の駅にて、急いでホームを移動すればなんとか間にあうのでそれに賭けます……!
7時51分大宮に着き、上越新幹線に乗り換え、越後湯沢へ。
指定席も自由席も満席だったので、デッキで立ちっぱなし。
9時04分越後湯沢駅着。デッキにいたので新幹線を降りて初めて気づきました。一面銀世界!
9時14分ほくほく線特急はくたか号で出発。
新幹線ホームと特急ホームが離れているので急いで移動。
車窓から見える景色が、真っ白です。さすが雪国。
私の住む街も雪は積もりますが、これほど清々しく真っ白にはなりません。
2時間半電車に揺られ、新潟、富山を通過して石川入り。
金沢駅には12時に着きました。
金沢に着いたからには海の幸!!
ということでまず近江町市場へ!
金沢駅着いたら一直線に歩けば15分くらいで着きました。
ああ、なんと美味しかったことか……!

海老が甘いんです。ご飯がおいしいんです。魚の身が引き締まってるんです!
海の幸大好き!!
一番安いランクの海鮮丼だったけど、「んまい」を連発しながら堪能しました。
そりゃお隣さんが食べてた上のランクの海鮮丼が気にならないこともなかったけれども……!!
近江町市場の賑わいはいいですねー。活気にあふれてて。
呼び込みのお兄さんにつられて海苔の佃煮買っちゃったり、海老のコロッケ食べたりしました。
さて腹ごしらえが終わったら。
片町に宿を取っていたのでホテルにチェックインし、荷物を置いて再出発。
まず石川四高記念館へ。

赤レンガのモダン建築で、見た目が素敵な建物です。
ちゃんと写真を撮らなかったのでWeb上ので失礼。
石川四高というのは現在の金沢大学の前身です。
ちなみに一高は現在の東京大学、二高は東北大、三高は京都大です。
いわゆる明治期に作られたナンバースクールの一つですね。
そもそも、どうして金沢に来たかという理由もここにあります。
金沢には以前から来たかったのですが、今回の旅立つあたって背中を押した、ある理由があるのですよ。
石川四高記念館の中には近代文学館というのがあります。
そしてここでは現在、波津彬子さんの原画展をやっているのです!
ああああ、うつくしー!!!
波津さん大好きです。
日本画のように繊細な輝きを放つカラーイラストを描く漫画家さんです。
この人の描く着物姿の人物がほんときれいなんですってば!
もちろんストーリーも巧妙で、コミカルなのもあればシリアスも有り、大変好みです!
さてさて、この石川四高を出た後は、金沢といえば! なあの名所……兼六園!
兼六園を見るぞ! ってことで移動しました。
徒歩10分の距離です。近いって素敵。
坂道をのぼり、高まる胸の鼓動。わくわく。
きっとこれは日ごろの運動不足のせいだけじゃない!
しかし。
ん?
門、閉まってんじゃね?
……10分前に閉門時間を回っていたらしいという、ね。
ああ、デジャヴ……前回の旅でもこんなことがあったような……
どうやら四高でのんびりしすぎたようです。
そういえば日も翳ってきていました。
しゅん、となりましたが、実はこの日、年に4回しかやらない兼六園ライトアップの日なのでした。
このライトアップの日を狙って行ったわけではありません。
旅の途中、張られていたポスターを見て知ったのです。
なんと運のいいことか!!!
(しかも入園料無料!)
そして、天候は安定し、前日までに降った積雪が残っている!
すばらしすぎる!
ライトアップの入園時間を待って、今度こそ、いざ兼六園!!!

素敵……!
足元にも灯篭が並べてあり、雪を照らします。
この日の天候は穏やかでしたが、雪かきをされた方の苦労が忍ばれます。
そしてこの大きな松の木の不均整なバランスと、
放射線を描く雪つりの幾何学的な美しさがあいまって、なんと幻想的なことか。
ライトアップされたことで池が水鏡になり、松が水面に映り込んでいる場所がありました。
まるで水底に向かって松が沈んでいるみたいに見えて。
ああ、来てよかったーーーーーーっっ!
見とれました。
足元が雪ですべりやすいのをついつい忘れて、たまにずるっとなった事もありましたけどね。
それくらいいろんな物に見惚れながら歩いてました。
見所いっぱい。
これがかつての殿様の庭だとは。
贅沢すぎますよ。
兼六園を満喫した後は、ホテル近くの居酒屋でしっぽり悟ちゃんと飲みました。
金沢にかんぱーい♪
二日目に続きまーす!
小鉢の本棚par20
上海少年 (集英社文庫)
長野 まゆみ / 集英社
「上海少年」(長野まゆみ)
久しぶりに長野まゆみを読んでいます。
初めて長野作品を読んだのは高校生の頃でした。
この上海少年は短編集です。
物語として、最後にはあるべき場所へ収まる、とても読後感のいい本です。
宮沢賢治と萩尾望都を足したらこんなかんじかな? というのが、この作者の印象。
ガラス玉のような、ラムネ瓶のような、サンドグラスのような。
覗き込めば向こう側が見えるようで見えない。
けれど見えた世界はゆがんでかすんでいるというのに美しい。
そんな話たち。
舞台選びも言葉選びもとにかく綺麗で、すんなりとけこんでいく文章です。
色彩も鮮やかで、印象的です。
メインで登場するのは10代半ばの少年たち。
成長途中で、はかなげで、大人になる手前の短い季節の、葛藤の時期の少年。
長野作品にはこんな時期の少年がよく出てきますね。
そして出てくる女の子といえば、したたかで狡猾で我が強く、美しい。
時代は昭和初期~中期といったところでしょうか。
今、最後にのっている「白昼堂々」読んでいます。
これ、以前長編で読んだことがあるんですが、この短編をもとに長編は作られたんでしょうか?
大事に読んでいきます。
ちなみに今まで読んだ長野作品で一番好きな話は「夏至祭」。
「のばら」も好きですが、「夏至祭」はファンタジー小説のお手本なんじゃないかって思うくらい美しいと感じます。
恋愛相関図
なぜか、最近私の周りで恋愛の矢印が発生中。
「私の友人が、私たち共通の友人を好きになる」
この構図が先週一つできあがりました。
過去半年の間にも一つ(二つ?)発生してます。
それが、いくつか前の記事に書いた「悪女は一日にしてならず」なわけですが。
今回発生した矢印の向かう先にいる人は、私の数少ない心許せる貴重な友人。
金銭感覚や仕事への意欲、日常的な感情起伏が近いこともあってか、今まで事細かに何でも話してきた相手。
矢印の発生源である男の子は、もともとその何でも話せる友人を通して知り合った人でした。
といってもその男の子と私は特に仲良くなったわけではなく、まあ本の貸し借りとちょっとした頼みごとをするくらいの間柄。
その男の子、先週、気づいちゃったそうです。
私のその何でも話せる子に、自分が恋しちゃってることに。
その男の子から私のところにメールが来たのです。
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「私の友人が、私たち共通の友人を好きになる」
この構図が先週一つできあがりました。
過去半年の間にも一つ(二つ?)発生してます。
それが、いくつか前の記事に書いた「悪女は一日にしてならず」なわけですが。
今回発生した矢印の向かう先にいる人は、私の数少ない心許せる貴重な友人。
金銭感覚や仕事への意欲、日常的な感情起伏が近いこともあってか、今まで事細かに何でも話してきた相手。
矢印の発生源である男の子は、もともとその何でも話せる友人を通して知り合った人でした。
といってもその男の子と私は特に仲良くなったわけではなく、まあ本の貸し借りとちょっとした頼みごとをするくらいの間柄。
その男の子、先週、気づいちゃったそうです。
私のその何でも話せる子に、自分が恋しちゃってることに。
その男の子から私のところにメールが来たのです。
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いいこと聞いたよ&最近の私。
最近物思うこと。
昨日の朝知ったニュースです。
6/3、私の大好きなシンガーソングライターの斉藤和義さんに第一子誕生!
そのニュースのおかげで、ずーっと一日幸せな気持ちでした。
よかったね! やったね! せっちゃん!!
斉藤さんはもう43歳。奥さんは44歳だそうです。
結婚15年目にして授かった子供だなんて、どんなに嬉しいことでしょう。
奥さんすごいです。
斉藤さんの魅力の一つに、奥さんへの不器用な愛情が歌ににじみ出ているという点があります。
3人家族になって、その愛情が子供へも向かって、歌も変わっていくんでしょう。
楽しみと思う反面、ちょっと寂しいとも思うのは私のわがままです。
4月に出たシングル「ずっと好きだった」のB面に「ウームの子守唄」という曲があります。
子供が生まれたと知ってから、やっとこの曲の意味を知りました。
これ、斉藤さんが、もうすぐ生まれてくるわが子の為に書いた歌だったんですね。
『ママのゆりかご』 『もうすぐ会える』
ああ、そういうことでしたか。
知り合いに子供でも生まれたのかなー いつもと雰囲気違うなー
そのくらいにしか考えてなかったのですが、勘のいいファンは予想してたみたいですね。
どんなパパになるんでしょうか。
とりあえず、今は間違いなくデレデレでしょう!
先週土曜日、めがね買いました。
普段はコンタクト(ハード)。
でも休日やたまに気分が変わったときはめがね派です。
先週金曜日、始めて牛タンしゃぶしゃぶを食べました。
仙台のとある牛タンのお店にて会社飲み会がありまして。
うすくスライスしてあるのを軽くお湯に通すだけなので、思ったほど硬くならず、
でも牛タンらしいおいしさはやっぱりあって。
美味しかったです……!
先週日曜日、school food punishmentのライブに行ってきました。
小Eちゃんに薦められて聞き始めたバンドです。
不思議な感じの……電子音多くて機械的? 浮遊感のある曲といったらよいのか。
現実感の無いロック?
やっぱり生音はよいですね。
小さなライブハウスだったので、距離が近い近い!
そして思ってたより男性ファンが多い!
女子は2割?くらいでしょうか。びっくりです。
先々週土曜日、定禅寺通りに面した、とあるラウンジバーに小Eちゃんと行ってきました。
前から来て見たかったんですよ、ここ。
欅って店です。
ラウンジバー自体初体験。
おおお、暗い! バーテンダー格好いい! カクテルの種類豊富すぎる!!
カクテル、一杯1500円くらいするだけあります。
美味しいです。贅沢なフルーツの味がします。
先々々週の土曜日は、M子っちと悟と小Eちゃんと私で女子会してきました。
ああ、気心知れた女の子が4人揃うと最強です。
ずーっと顔が笑ってました。ほっぺたが痛くなるくらい。
楽しすぎ。
そんなこんなで最近は充実してました。
小Eちゃんと会いすぎですね、私。
今年に入ってから会った数を数えてみたら、彼氏の倍以上会っていました。
でも楽しいんだものーーー!!
悟ちゃんにも最近いいことあったし、M子さんにも小Eちゃんにもいいことありますように!
昨日の朝知ったニュースです。
6/3、私の大好きなシンガーソングライターの斉藤和義さんに第一子誕生!
そのニュースのおかげで、ずーっと一日幸せな気持ちでした。
よかったね! やったね! せっちゃん!!
斉藤さんはもう43歳。奥さんは44歳だそうです。
結婚15年目にして授かった子供だなんて、どんなに嬉しいことでしょう。
奥さんすごいです。
斉藤さんの魅力の一つに、奥さんへの不器用な愛情が歌ににじみ出ているという点があります。
3人家族になって、その愛情が子供へも向かって、歌も変わっていくんでしょう。
楽しみと思う反面、ちょっと寂しいとも思うのは私のわがままです。
4月に出たシングル「ずっと好きだった」のB面に「ウームの子守唄」という曲があります。
子供が生まれたと知ってから、やっとこの曲の意味を知りました。
これ、斉藤さんが、もうすぐ生まれてくるわが子の為に書いた歌だったんですね。
『ママのゆりかご』 『もうすぐ会える』
ああ、そういうことでしたか。
知り合いに子供でも生まれたのかなー いつもと雰囲気違うなー
そのくらいにしか考えてなかったのですが、勘のいいファンは予想してたみたいですね。
どんなパパになるんでしょうか。
とりあえず、今は間違いなくデレデレでしょう!
先週土曜日、めがね買いました。
普段はコンタクト(ハード)。
でも休日やたまに気分が変わったときはめがね派です。
先週金曜日、始めて牛タンしゃぶしゃぶを食べました。
仙台のとある牛タンのお店にて会社飲み会がありまして。
うすくスライスしてあるのを軽くお湯に通すだけなので、思ったほど硬くならず、
でも牛タンらしいおいしさはやっぱりあって。
美味しかったです……!
先週日曜日、school food punishmentのライブに行ってきました。
小Eちゃんに薦められて聞き始めたバンドです。
不思議な感じの……電子音多くて機械的? 浮遊感のある曲といったらよいのか。
現実感の無いロック?
やっぱり生音はよいですね。
小さなライブハウスだったので、距離が近い近い!
そして思ってたより男性ファンが多い!
女子は2割?くらいでしょうか。びっくりです。
先々週土曜日、定禅寺通りに面した、とあるラウンジバーに小Eちゃんと行ってきました。
前から来て見たかったんですよ、ここ。
欅って店です。
ラウンジバー自体初体験。
おおお、暗い! バーテンダー格好いい! カクテルの種類豊富すぎる!!
カクテル、一杯1500円くらいするだけあります。
美味しいです。贅沢なフルーツの味がします。
先々々週の土曜日は、M子っちと悟と小Eちゃんと私で女子会してきました。
ああ、気心知れた女の子が4人揃うと最強です。
ずーっと顔が笑ってました。ほっぺたが痛くなるくらい。
楽しすぎ。
そんなこんなで最近は充実してました。
小Eちゃんと会いすぎですね、私。
今年に入ってから会った数を数えてみたら、彼氏の倍以上会っていました。
でも楽しいんだものーーー!!
悟ちゃんにも最近いいことあったし、M子さんにも小Eちゃんにもいいことありますように!
ミニシフォン!

シフォンケーキって、大きな専用の型に入れてじゃないと作れないと思ってました。
今回、新しく手に入れたミニスイーツのレシピを使い、紙コップで焼いてみました。
いいです。とても。
いつもなら、ワンホール食べきるのも作るのも大変ですが、さすがはミニスイーツ。
少量(紙コップ8個分)なので1時間半弱で作れました。
味にも満足です。
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